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東京高等裁判所 昭和28年(ナ)6号 判決

原告 建部喜蔵 外二名

被告 新潟県選挙管理委員会

一、主  文

昭和二十八年一月十日行われた新潟県西顕城郡市振村長選挙における当選の効力に関し原告等のなした訴願に対し被告がなした訴願棄却の裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として陳述した事実の要旨は、次のとおりである。

(一)原告らは、何れも昭和二十八年一月十日行われた新潟県西顕城郡市振村長選挙において、選挙権を有した選挙人であつた。

(二)右選挙における開票の結果、選挙会では、候補者上野松治と同建部徳久の得票は何れも二百六十九票で同数と判定され、選挙長のくじで候補者上野松治を当選人と決定した。

(三)しかるに、上野松治の得票中には左のように記載した二票の投票があつて、(イ)は候補者の氏名の外に他事を記載したものであり、(ロ)は候補者の何人を記載したかを確認し難いものであり、何れも公職選挙法第六十八条第一項第五号又は第七号によつて、その投票は無効であるから、上野松治の得票数は前記より二票もしくは少くとも一票減少し、同人を当選人とした決定は不当である。

(イ)  「上野マツジノ」と記載したもの

(ロ)  「エジ」と記載したもの

(四)原告らは、右選挙会の決定を不服として同年同月十四日同村選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議の申立をしたのであるが、同委員会は、前記二票の投票を有効と解し右当選決定を正当として、同年同月十七日原告らの異議申立を棄却する旨の決定をした。そこで、原告らは右決定を不服として被告に対し訴願を提起したのであるが、被告は、同年三月十九日原告らの訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は同月二十一日原告らに交付されたのである。右裁決書によれば、被告は、前記(イ)の投票は有効であり、(ロ)の投票は無効であるが、他面建部徳久の得票中に次のような投票があつて、その投票には候補者の氏名の外に他事を記載したものであるから、公職選挙法第六十八条第一項第五号により無効であり、結局右両候補者の有効得票数はそれぞれ一票を減じ同数となることとなるので、選挙長のくじで候補者上野松治を当選人と決定した当選の効力には、何らの影響がないと判定したものである。

(ハ) 「」と記載したもの

(五)しかしながら、右上野松治の得票中前記(ロ)が被告の裁決書に判定しているように、候補者の何人を記載したものかを確認し難い投票であつて、無効であることは勿論であるが、前記(イ)は候補者の氏名の外に「ノ」なる文字とも符号とも見るべき他事記載があつて、これは単なる汚損や習慣性の点などとは異り、投票者が無意識に記載したものとは到底認め難く、右投票は無効と判定すべきであり、他方建部徳久の得票中の前記(ハ)は候補者氏名記載欄の右肩上に「○」が記載されたものであるが、本件選挙の開票のとき両候補者の得票数が同数であつたので、開票事務従事者及び立会人など全投票を長時間にわたり再三再四慎重に査票したのにも拘わらず誰一人この「○」の記載のあることを認めた者がないこと、右投票における「たてべのりひさ」の記載と「○」の記載とは鉛筆の着色、筆勢などが相異り同一人が同じ鉛筆で記載したものでないと認められること、本件投票において建部候補に一票を投ぜんとして真面目に「たてべのりひさ」と氏名を記載した選挙人が、ことさらに投票を無効とするような「○」を右氏名の右肩上に附記することは通常ありうべからざることであること、本件の村選挙管理委員会に保管されていた投票の保存袋の継目及び契印の一部に封緘後に開封したものと認められる痕跡が歴然として存すること、その他選挙にまつわる諸般の状況に鑑みて、右投票に附記きれた「○」はその投票の選挙人が自から記載したものではなく、開票後において何人か為にせんとする者が記入したものと認められるものであるから、右(ハ)の投票は有効と認むべきものである。

従つて、建部徳久の有効投票は選挙会の認定の通り二百六十九票であるのに対して、上野松治の有効投票は選挙会認定の二百六十九票から前記無効の投票を減ずることとなるから選挙会において当選人を上野松治とした決定は失当であり、上野松治の当選は無効であるに拘わらず、この決定を正当とした市振村選挙管理委員会の決定を維持した被告の裁決は失当である。よつて右裁決の取消を求めるため本訴に及ぶ(立証省略)。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として陳述した事実の要旨は、次のとおりである。

原告らの主張事実中、(一)(二)(四)及び(三)の事実中上野松治の得票中に原告ら主張のような(イ)(ロ)の二票の得票のあつたこと、原告ら主張の(ロ)の得票の無効であることは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。原告ら主張の(イ)の投票の「ノ」はその筆勢、色の濃淡等から殊更に意識的に記載したものと見ることは極端な見方とゆうべく、それはむしろ氏名を書き終つた選挙人が、鉛筆を机上に置こうとして何かのはずみに鉛筆の先が投票用紙に触れて「ノ」にみえる記載となつたものであるか、あるいは選挙人が文字を書き終つた際その筆勢のおもむくまゝに無意識のうちに習慣性の句点を記す積りのものが、流れて附されたものであると見るべきであつて、この程度の記載をもつて有意な記載とすることは妥当ではない。原告らは、(ハ)の投票についてその肩書上の「○」の記載は選挙人が自ら記載したものではなく開票後何人かによつて附記されたものであると主張するのであるが、これを認めうる証拠はなく、且つ投票を保存する袋の継目及び契印の一部に封緘後に開封した痕跡の点についても、訴願裁決に当り投票査閲の際該保存袋を開くに当つては、市振村選挙管理委員会委員長中条力吉立会の下に、しかも同人がその継目及び封印の部分を仔細に点検の上異常なしとの言明を得た後に開封したものであつて、原告ら主張のように破封されたものと認めることはできない。よつて、右係争投票は「○」と明らかに記号が記載されてある以上、公職選挙第六十八条第一項第五号にゆう他事を記載したものであるから、右投票は、これを無効とすべきものである(立証省略)。

三、理  由

原告らの主張事実中、(一)(二)(四)及び(三)の事実中上野松治の得票の中に(イ)(ロ)の二票の投票のあつたこと及び右(ロ)の投票(甲第五号証)が候補者の何人を記載したかを確認し難いものであつて、その投票が無効であることは、いずれも当事者間に争のないところである。よつて右(イ)の投票(甲第六号証)の効力につき按ずるのに、成立に争のない甲第六号証の投票に「上野マツジノ」と記載されてある一票の「ノ」と記載された部分が投票を無効ならしめる他事記載であるかどうかとゆうことであるが、いわゆる他事記載の投票が無効とされるのは、他事を記載することによつて秘密投票制の原則を侵し選挙の公正を阻害する虞があるからであつて、たとえ不用と思われる記載があつても、これが殊更に選挙人の何人であるかを表わすものとして記載されたものであると認められる場合は格別、そうではなく無意識又は不用意に附されたものと認められる場合においては投票を無効とすべきではないところ、右(イ)の投票の「ノ」の記載は、その記載された場所、筆勢、色の濃淡などから見て、殊更に意識して記載されたものではなく選挙人が候補者の氏名を書き終つた際にその筆勢のおもむくまゝに不用意にも無意識の裡に附されたものであると認められるので、この記載によつて右(イ)の投票を無効とすべきものではない。よつて進んで、原告ら主張の(ハ)の投票について検討するに、成立に争のない甲第二号証、同第八ないし第十二号証、証人波間唯雄、建部頼一、野本悦子、虎井タツ子、建部常春、建部利秋、虎井一松、建部麟彌、中条力吉(第一、二回)、和泉浅之助、渡辺永信の各証言を綜合すれば、昭和二十八年一月十日行われた市振村長選挙の開票は、同日午後六時投票が締め切られた後引き続いて行われたものであるが、開票事務従事者が投票箱を開き、投票数を調べ、上野松治及び建部徳久の各候補者別に投票を振り分け、無効投票と思われるような投票を別に選び出し、有効投票だけを候補者毎に五十枚づゝ一括して綴り合せて、これをすべて開票立会人に渡し、開票立会人は、更に全投票について綿密に査票した上、ここに有効投票を確定したものであること、両候補者の得票はほぼ同数に近く従つて一票の有効、無効が当選を左右する形勢にあつたので、両候補者届出の開票立会人は互に反対候補者の投票の欠陥を指摘せむものと全投票を繰り返し繰り返し点検し、一且有効投票として五十枚づつ綴られた投票の綴りをわざわざ切り取つて更めて一枚づつ厳重且つ綿密に調べ、針の穴程の鉛筆の点や汚点まで拾い上げてその投票の有効、無効を論じ合うとゆう始末であつて、これがために総投票数僅か五百四十一票の査票に午後七時半頃から午後十一時頃までの長時間を要したこと、このような精密な査票によつて成立に争のない甲第九号証の「△」の記載のある上野松治の投票が無効投票と判定せられたからには、本件(ハ)の投票(甲第四号証)に、もし開票当時その右肩上に「○」が記載されていたならば、開票関係者、殊に上野届出の立会人が、これに気附かないはずはないこと、開票に当り右「○」の記載のあつたことに気附いた者は事務従事者及び立会人の中に一人もなかつたこと、右(ハ)の投票に「○」の記載のあることは、訴願の申立によつて被告委員会が審査をなすに当り書記渡部永信によつてはじめて発見されたものであること、が認められるのであつて、(この認定を覆えすに足る証拠はない。)叙上の事実から考えると、右(ハ)の投票の「○」は少くとも開票当時には記載されていたものではなく、開票終了後訴願による審査の時までの間に何人かによつて記入されたものであるといわねばならない。(しかして、成立に争のない甲第十三号証、真正に成立したものと認むべき同第三号証、証人中条力吉、中条イク、建部常春、品田民郎、蛭子誠二、高瀬清蔵、杉崎均の各証言を綜合すれば、市振村選挙管理委員会に保管されていた本件投票の保存袋が封緘後、開封されたのではあるまいかと疑われる事跡の存することが認められるのであるが、しかしながら、何人がいかなる機会に「○」を記入したものであるかは、これを確認するに足る資料はない。)果してそうであれば、右(ハ)の投票(甲第四号証)は有効な投票とゆうべく、従つて建部徳久の得票は選挙会の認定のように二百六十九票であるのに対して、上野松治の有効投票は選挙会認定の二百六十九票から前記無効の(ロ)の投票を減じた二百六十八票となることとなるから、選挙会で当選人を上野松治とした決定は失当であり、右決定を相当と認めて原告の訴願を棄却した被告の裁決は不当であるから、その取消を求める本訴請求は正当として認容すべきものである。よつて、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)

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